今、埴輪がブームらしい。
とある絵本作家の埴輪の冒険譚が老若男女を問わずスリルと感動を与え涙を呼んだ。
アニメ化された時も原作に忠実だったため、絵本でファンになった人達をがっかりさせることなく様々な賞も取った。
ストラップやマスコット、食器、衣服、菓子、インテリアにまで及ぶ埴輪グッズは街中に溢れ、どこを向いても必ず視界のどこかには埴輪がいるほどだ。
その様はまるで日本だけが埴輪星人に侵略されたようだった。



「兄さん!はる兄さん!」
俺はリビングでのんびりと寛いでいる遙兄さんのところに怒鳴り込んだ。
「曜ちゃん、その呼び方やめてって言ってる!まるであたしが男みたいじゃない!」
「ちゃん付けやめろ、怖気(おぞけ)が走る!それとアンタは生物学的に男だろうがっ!」
互いに機嫌が良い時だろうが悪い時だろうが変わらないやりとりの後、やっと本題に入った。
「で、なあに?」
「なあに、じゃ、ない!あれは何なんだ?俺の部屋でベッドを占拠してるでかいヤツ!」
「ああ、あれ。『はにーちゃん等身大抱き枕』っていうんだって。二つ貰ったから一つあげるわよ」
「俺はあんなもんいらん!持ってってくれ!」
今の会話でお判りいただけただろうか。
俺の兄である柴崎遙(しばさきはるか)は、一人称が「あたし」で女言葉を使い、アルト声である。顔は女顔だからセミロングでも全く違和感がない……というか、寧(むし)ろ俺が同じ格好をするより似合っている。
俺、柴崎曜(しばさきあきら)は遙兄さんに関する記述を全て逆にすると、上手く当てはまる。
俺と遙兄さんはきっと生れ落ちる性別を間違えたに違いない。
それはともかくとして……。
俺は何とか頑張って遙兄さんを説得し、俺の部屋にある抱き枕を謙(ゆずる)兄さんのところへ行くところまで漕ぎ着けた。
きっと義姉さんと姪がとても喜ぶことだろう。『埴輪物語』は二人とも熱狂的なファンだから。
一階にきたついでに菓子の詰まっている箱からめぼしい物がないか漁っていると、週刊誌を片手に遙兄さんがぶつぶつと呟いていた。
「何であんな子に育っちゃったのかしら……」
……巨大なお世話である。



もう謙兄さんの家に持って行くには時間が遅すぎるから、明日の朝までは部屋の中に置いておけ、ということで、未だに俺のベッドの上を埴輪が陣取っている。
埴輪の添い寝など嬉しくもなんともない俺はベッドの上で寝転がる気も起きず、先程からずっと提出期限までにはまだだいぶ時間がある宿題を進めていた。
俺の机の上に設置されている目覚し時計が午前二時を指した。草木も眠る丑三つ時である。
「……あのぅ」
ひたすら英文の和訳に没頭していると、後ろから突然聞きなれない声がして俺は飛び上がった。
そのまま勢いをつけて立ち上がり、机の脇に立てかけてあった木刀を引っ掴むと振り向きざまに正眼に構える。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい……と言っても、そうはいかないのでしょうなぁ」
殺気すら放っていそうな俺の姿を見ても、相手はのんびりとした口調で喋る。俺はその正体がわかった瞬間、木刀を落としかけた。
だって……だって、こんなのありかよ!
声の主は、埴輪のぬいぐるみ!



とりあえず、落ち着いて話を聞いてみることにした。無論警戒は怠らない。
「今、面と向かってあなたと喋ってるのは、実は埴輪のぬいぐるみではありません。宇宙人なんです」
俺は木刀を握る手に力を込めた。しかし、埴輪のぬいぐるみ……もとい宇宙人は緩慢な動きでそれを制した。
「いきなり言われても、そうそう簡単に信じていただけない事は、十分に承知しております」
そう言いながら宇宙人はくねくねと身を捩じらせてベッドから降りる。正確に言うと、落ちる。それでも器用に立ち上がって俺の方を向いた。
「しかし、この地域には酷い人達もいたものだ。我々が驚かさないよう、日中動かないのをいい事に、物のように売り飛ばす。我々が地球人を観察した限りは、この地域が一番受け入れてくれそうだったのに。だから……」
俺はそこまで聞いて、少し自分の考えに浸ってしまった。
確かに今ちょうど『埴輪物語』が流行って、この宇宙人と同じ姿かたちをしたグッズが飛ぶように売れている。もしこいつらが混じってたって、じっとしていればそう簡単に判りはしないだろう。近くにいればそのまま売り物として扱われそうだ。
というか、実際に扱われているらしい。日本のアニメとして海外にもすでに進出しているらしいし、そのうち世界が埴輪に覆われる日も遠くない気がする。
……あ?……売り物に……混じって……。
………………。
「なあ」
「はい?」
「『はにーちゃん等身大抱き枕』って、ただの商品だけでなくてアンタんとこの星の方々も混じってるんだよな?」
「だからそう言ってるじゃないですか。地球人が我々を売るなら自ら売られ、地球上に蔓延したところで一斉蜂起をはかろうと……」



間。



「ほう……一斉蜂起、ねぇ」
「しまった………!」





母さん、俺は今日、地球を救いました。


<終>



















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